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作曲家クロード=ミシェル・シェーンベルクがミュージカル「ミス・サイゴン」誕生秘話をNHKで語る

NHKの番組、クラシックTV「今こそ!ミス・サイゴン」初回放送日: 2022年7月14日、作曲者のクロード=ミシェルさんが誕生秘話を特別に語られていました。

エピソード – クラシックTV – NHK

クラシックTV「今こそ!ミス・サイゴン」 – NHKプラス 配信終了

誕生秘話は語り尽くされた感がありますが、現在のクロード=ミシェルさんが語っていたので驚きました。

Claude-Michel Schönberg – IMDb

記事

Point of Inspiration for MISS SAIGON – Broadway in Cincinnati News

‘Miss Saigon’ comes to Tempe with a new song | ASU News

インタビュー

引用:NHKクラシックTV
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蝶々夫人 – Google 検索

引用:NHKクラシックTV
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写真解説

「この写真が、アランと私にとって、すべての始まりだった…」

ミス・サイゴン』の作曲者であるクロード=ミッシェル・シェーンベルグは、1975年に見つけた、タンソンヌット基地(ベトナム南部のサイゴンの近くに1955年から1975年まであったベトナム空軍の施設)に11歳の娘を送り出すベトナム人の母親の写真から、このミュージカルの開発の着想を得たという。

写真に写っているのは、ベトナム人とアメリカ人の娘が、元GIの父親のもとで暮らすことになったときのものです。これは、母親にとって、より良い生活をさせるために子供をアメリカに送り出すという究極の犠牲です。

この絵は、作詞家アラン・ブーブリルがベトナム戦争の最後の日々とその余波をさらに調査し、戦争の残酷さ、矛盾、犠牲、裏切りを知るきっかけにもなりました。

引き裂かれた痛みと母性の絆の断絶は、この女性の心の奥底に常に存在するはずなのです。

私たちがこの少女とその母親に感じたことは、父親として、またかつて子供だった私たちの心をいつも深く揺さぶっています。

このベトナム人女性は、苦痛に凍りついた顔で、この子の父親を見つけることが娘との人生の終わりを意味すること、そして出国ゲートでのこの瞬間が終わりであることを知っていたのです。この無言の叫びは、あの戦争の、あらゆる戦争の恐ろしさを最も強く告発するものです。

この写真は、今日、シリアやスーダン、そしておそらくウクライナで撮られたかもしれない。私たちは、このような写真がここで撮られることがないように願っています。

彼女はどこにいるのでしょうか。

アメリカのどこかで幸せを見つけて、特にお母さんの犠牲が無駄でないことを願っています。あるいは…もしかしたら、どんな困難にも負けず、再び出会ったのかもしれない、父親はエレンに出会わなかったのかもしれない、探しに行って見つけたのかもしれない、多分-この新版のミス・サイゴンの新曲のように。

2年前、プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュが私たちの物語を信頼して、番組創設から25年経ったエレンのために新しい曲を書いてくれないかと尋ねたように、彼女は自分の物語を信じ続けたのかもしれません。

私たちは快く引き受けました。こうして、彼のクリエイティブな指揮のもと、『ミス・サイゴン』の再創造がスタートした。私たちは、この少女が人生をやり直す機会を得たことを願うばかりです。

アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク – ロンドン、2014年5月

引用:Point of Inspiration for MISS SAIGON – Broadway in Cincinnati News https://broadwayincincinnati.news/2019/02/01/point-of-inspiration-for-miss-saigon/

タンソンニャット空軍基地

Tan Son Nhut Air Base – Wikipedia

タンソンニャット空軍基地(ベトナム語:CăncứkhôngquânTânSơnNhứt)(1955–1975)は、ベトナム共和国空軍(RVNAF)の施設でした。ベトナム南部のサイゴン市の近くにありました。米国はベトナム戦争(1959年から1975年)の間にそれを主要な基地として使用し、そこに陸軍、空軍、海軍、および海兵隊を配置しました。サイゴン陥落後、ベトナム人民空軍(VPAF)施設として引き継がれ、現在も使用されています。

引用:タンソンニャット空軍基地初期の歴史etベトナム空軍の使用

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「ミス・サイゴン」初演ドキュメンタリー

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村坂 克之

小又接骨院院長です。柔道整復師、鍼灸師の国家資格にて施術を行っています。屋号の小又(こまた)は、先祖の小谷屋亦治郎(亦=又)に由来します。
詳しくは院長略歴をご覧下さい。