村上宥快和尚さん【1918年(大正7年)10月8日〜1991年(平成3年)3月12日・享年72歳】のお話をまとめました。
相談も体験の一つ
心配ということは、心を配って歩くのです。
そのために、自己自身の確立がなくなってしまうのです。
例えば、友だちや親戚や知り合いの人が病院に入院をした時、どのような心で行きますか。
心配そうな顔をして、「困ったものです」と言えるでしょうか。
こんな見舞いの仕方がいけないのです。
明るい笑顔を持って見舞いに行ってごらんなさい。
「あの人は、何故あんなに明るいのだろうか」これは条件で示すのではなく、態度で示すのです。
態度で示すことが一番良いのです。
私は比較的多くの条件の中で、色々と体験をしています。
個人相談は、他人の心ではなくて自分の心なのです。個人相談をして、その人たちの条件を聞いて裁断していくのです。ですから広範囲に体験しているといえるでしょう。
私の自分の学問は当てになりませんが、相談を受けた時、自分自身と他人は一つであって二つではないのです。このことが、私たちの体験、経験をより豊かにしてくれるのです。
このことを私たちは助言をしていますと、多くの体験を得ることが可能なのです。
私みたいに、あまり学問もなければ何にもない人間が、研修会や講演で話が出来るのは、自分の心の曇りが取れれば、あの世との意思の疎通ができるのです。
ですから原稿は必要ないのです。話すことは、全て、あの世から指示されます。
相談も同じことです。心に曇りがあると正しい判断ができません。
相談を受けるときには、心の曇りを取ってからでないと危険なのです。