50代後半の女性です。
更年期障害のホットフラッシュ、気分の波(イライラ・気分の落ち込みなど)、関節症状を主訴に来院されました。当院での治療は、もう4年目になります。
婦人科でホルモンパッチを長年使用されており、症状のコントロールはある程度できている状態でした。当院へは主に関節の痛みを改善したいと来院されました。
この記事は、ホルモン剤の使用を否定しているわけではありません。
更年期症状が強い時期には、ホルモン補充療法(HRT:Hormone Replacement Therapy)が有効な場合があります。
毎回気になる舌診の所見
この患者さんを診るたびに、気になることがありました。
私は舌から全身の状態を鑑みる舌診という診察法を使っています。凄く便利で使える診察方法です。
瞬間の状態は脈診(手首の脈の診察)が便利ですが、体質は舌診が正確に判断できます。
患者さんは、舌の辺縁に紅刺(点刺)があります。舌の縁に、細かい赤い点が隆起している状態です。そして舌の裏を見ると、舌下静脈の怒張があります。舌の裏側の静脈が、はっきりと膨らんでいます。

東洋医学的に解釈すると、肝の熱が血分にまで及び、瘀血(おけつ)がある状態です。
瘀血とは、血の巡りが滞っている状態のことです。肝の熱とは、気の流れが詰まって熱を帯びた状態です。それが長引くと、熱は気分から血分へと深入りします。
舌の辺縁に現れる紅刺は、その深部の熱のサインです。更年期の女性に多い所見ですが、この方の場合は特に頑固でした。

治療のたびに、鍼灸で肝の熱を冷まし、気血の巡りを整えます。施術直後は紅刺も怒張も若干やわらぎます。しかし次の来院時には、また同じ状態に戻っています。
症状そのものは改善していました。ホットフラッシュは減り、関節の痛みも落ち着いてきました。それなのに、舌診の所見だけが頑固に残り続ける。
私はずっと、その理由が気になっていました。
4年目の変化
治療を始めて4年目になります。
更年期症状が十分に落ち着いてきたため、婦人科の主治医と相談のうえ、ホルモンパッチを中止されました。
次の来院時に舌を診て、驚きました。
あれほど頑固だった紅刺が、ほぼ消えていました。舌下静脈の怒張も、はっきりと改善しています。治療内容は変えていません。変わったのは、ホルモンパッチを止めたことだけです。
少し更年期みたいな症状が出ることもあると言われるので、主治医の先生に漢方薬の相談をされると良いですよとアドバイスをしました。
定番の、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)(体力有り) → 加味逍遙散(かみしょうようさん)(中間) → 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)(体力無し)の順ですが、一辺倒に行かないのが漢方薬の醍醐味でもあり難しさでもあります。
ここでヒットしなければ、合方(ごうほう)や他の漢方薬にスイッチしていきます。処方する先生の腕の見せ所です。
「偽りの安定」という視点
この変化をどう解釈するか。
更年期とは、女性ホルモンの分泌が急激に低下する時期です。
東洋医学では、肝や腎の「陰」が不足した状態と捉えます。潤いが失われ、熱がこもりやすくなります。だから冷えのぼせも出てきて、便秘も強くなります。
ホルモンパッチは、不足した女性ホルモンを外部から補うものです。症状を抑える効果は確かにあります。体調が良くなったと感じるのは本当のことです。
しかし舌診を見ると、体の深部では別のことが起きていました。
外部から補充されたホルモンが、この患者さんの体質にとっては過剰な刺激となり、肝の熱を助長し、さらにその熱が血分にまで及んでいた可能性があります。
それが紅刺として現れていた。さらに、気血の巡りを歪める要因となり、瘀血の状態を作り出していた。それが怒張として現れていた。
症状は抑えられている。しかし体の内側では、熱の蓄積と血の滞りが起きている。私はこれを「偽りの安定」と呼んでいます。
パッチを止めたことで、その歪みの供給源が断たれました。体が本来の状態に戻ろうとした結果が、舌診所見の消失です。
ホルモン剤を使うことの意味
誤解のないように書いておきます。
ホルモン剤の使用を否定しているわけではありません。更年期症状が強い時期には、ホルモン補充療法が有効な場合があります。症状が著しく生活の質を落としているなら、積極的に使うべきです。
ただし、舌診の所見はその影響を正直に映し出します。
どれだけ自覚症状が良くても、舌に熱や瘀血の所見が残り続けるとき、それは体のどこかに歪みがあるサインです。私が鍼灸師として大切にしているのは、その「体の正直な声」を読み取ることです。
まとめ
この症例から学んだことは、舌診の頑固な所見には必ず理由があるということです。
治療を変えても改善しない所見があるとき、薬剤の影響を疑うことが必要です。そして、その薬剤が本当に今も必要かどうかを、主治医と連携しながら見直すことが大切です。
更年期でお困りの方、
ホルモン治療と並行して鍼灸を取り入れることで、体質から整えることができます。症状がある程度落ち着いてきた方も、ぜひ一度ご相談ください。
当院では舌診・脈診をもとに、一人ひとりの体の状態に合わせた治療を行っています。
近年、橋本病の患者さんが増えてきて気になっています。使われる甲状腺ホルモンのチラージンの話は、機会があれば書きます。

