お薬を使わない手技治療のパイオニア

村上宥快和尚さん説法「諦める」

村上宥快和尚さん【1918年(大正7年)10月8日〜1991年(平成3年)3月12日・享年72歳】のお話をまとめました。

諦(あきら)める

私たちの、諦めということは最高の神理ということなのです。

ところが諦めることを、「もう、しょうがないよ。」と思っています。断念をすることと、諦めということの違いをわかっていないのです。

神理ということは神の理法です。神理とは宇宙の摂理を説いたものなのです。

ですから、いつまでも子供だと思っていますと執着になります。人間とはこういうものだという理解をして悟っていけばよいのです。

その執着を持ったままあの世へ還りますと、地獄という世界を自分で体験するのです。

地獄という世界は、地の極と書きます。

神理というものは神の理法というのです。諦めも神理なのです。

心というものは死ぬものではないのです。永遠なのです。

『心行』の中に書いてあるように、私たちは、この世に生まれ出てくるには、両親を縁として地上界に出てくるのです。

あの世へ還れば、子供であっても他人なのです。今生は、親子の約束にて生まれただけなのです。

だから、よく読んで聞かせてあげるのです。

しかし、一番大事なことは、『心行』に、拝むものでも、あげるものでもない、これを理解して、行うものである、と書いてあるように、行いがありませんと聞かせてあげても意味がないのです。

行いとは、八正道による反省です。

これがありませんと、神理というものが諦かになりません。

一九八九年(平成一年)十一月二十一日高山精舎月例会にて

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この記事を書いた人

村坂 克之

1960年生まれ。村坂療法の創始者、小又(こまた)接骨院院長です。
国家資格である柔道整復師や鍼灸師にて、科学的根拠(evidence)の西洋医学と実証経験の東洋医学の調和を図り治療に当たっています。
実証経験とは症例(n=1)の積み重ねのことです。
手技治療においては臨床の蓄積が治療成績につながりますので、年齢と共にますます成績が向上しています。
通常の治療で改善しない人、検査が異常無しでも症状がある人、手術を検討されている人、手術後の後遺症でお悩みの人は、どうぞご相談下さい。
手術の選択する場合でも、事前に当院の治療や独自リハビリなどを行うことにより術後の結果が良くなっている症例も多いです。
施す治療に100%の正解はありませんが、お力になれば幸いです。