村上宥快和尚さん説法「全ては体験の上に」

村上宥快和尚さん【1918年(大正7年)10月8日〜1991年(平成3年)3月12日・享年72歳】のお話をまとめました。

全ては体験の上に

過日、家に二度泥棒が入りました。

その泥棒は間が抜けていて、私の時計まではめて、再び入ったのです。そうして、捕まりました。ここで縛られて、そうして、警察へ届け出したのです。

家から四、五十万円持ってったのでしょうか。私のお金は殆どなかったのですが、お客様のお金をたくさん持っていったのです。

四、五十万円を大事にして使えば一月位は生活できるのです。能力のないものは、「あぁ、どうせ今日は今日、明日は明日。」という思いでギャンブルに行く、飲みに行く、食べに行く、こんなもの一晩の内に、無くなってしまうのです。彼らには計画性も何にもありません。また明日どっかへ入って、という考えしかないのです。

彼らも泥棒した体験により、やがては「こんな割の合わないことはやらない。」という思いに帰着するのです。

多くの人びとは、見つからなければ儲けものという思いがありますが、汚職を始めとする、現在の株操作をして、自分のものだと思って喜んでいたのが見つかり、豚箱の臭い飯を食べる羽目になるのです。

隠すのは当事者がしますが、暴くのはあの世でします。

内閣総理大臣でも皆同じです。だから、この世は体験の世界なのです。そういうことをして初めて、悪かったという、こんな割の合わないことはしないと体得するのです。

転生の過程において、あらゆる所に生まれ変わり、植民地を体験する場合、あるいは植民地を自分で支配する場合、その意識の中で善悪を体験するのが地上界なのです。

私たちも様々な職業や立場において、体験を通して勉強をしていくのです。般若波羅蜜多という意識の中は体験の集まりなのです。体験があるからこそ初めて正しい生活に足を踏み入れることができるのです。

愚痴をこぽすとか、頭へ来るとか、こういう心も体験し、人間という条件の中で調和がいかに重要であるかを身をもって体得するのです。

この世に集まり、お互いに魂の修行をする材料を提供し合うのです。

ですから損害をかけられても、憎んだり、恨んだりしては、自分の心に曇りを作ることになります。この条件でも、材料を提供してくれたことに対して、「ありがとうございます。」という思いになるのです。

だから、どんな悪い人間でも、どんな毒をまき散らす人間でも、後で考えると、魂を修行するための材料の提供者なのです。

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この記事を書いた人

村坂 克之

村坂療法の創始者、小又(こまた)接骨院院長です。
国家資格である柔道整復師、鍼灸師にて、科学的根拠(evidence)の西洋医学と実証経験の東洋医学の調和を図り治療に当たっています。
実証経験とは症例(n=1)の積み重ねのことです。
特に手技治療においては臨床の蓄積が治療成績につながります。
通常の治療で改善しない人、検査が異常無しでも症状がある人、手術を検討されている人、手術後の後遺症でお悩みの人は、どうぞご相談下さい。
手術の選択する場合でも、事前に治療や独自リハビリなど行うことにより術後の結果が良くなっている症例も多いです。
施す治療に100%の正解はありませんが、お力になれば幸いです。