昭和時代の鍼灸の名著を学んでいると、「七陽三十七」という言葉に出会います。
これは誤記です。正確には「七曜三十六門(しちようさんじゅうろくもん)」といいます。
沢田健が提唱した、人体を小宇宙と捉える重要な法則の一つです。
患者さんには少し難しい話かもしれません。同業の治療家の方にも読んでいただけると思います。
「七曜」とは何か
解剖学では頸椎7個、胸椎12個、腰椎5個で合計24個です。数が合いません?
沢田流では、脊椎を「二十一節」として数えます。
起点は第七頸椎(大椎)です。首の付け根にある、最も大きく隆起した骨です。東洋の古人はこの隆起を脊椎の第一椎と定めました。
そのため第一頸椎から第六頸椎までの6個は数に含まれません。この第七頸椎から仙骨・尾骨に至るまでを「二十一節」と定義しています。
沢田流ではこれを三つに分けて考えます。
- 横隔膜より上(上焦)
- 横隔膜から腎まで(中焦)
- 腎から下(下焦)
それぞれに7節ずつ配分されます。
この「7」という数字が、日・月・火・水・木・金・土の七曜に対応しています。
三焦(さんしょう)、つまり全身のエネルギー代謝の仕組みと、宇宙の天体の運行が一致しているという考え方です。単なる解剖学的な個数ではなく、人体を小宇宙と捉える「脊椎の法」に従った数え方です。
さらに、身体の背面は「太陽暦(陽)」、腹面は「太陰暦(陰)」に対応すると沢田健は説きました。
人体の主要な経穴の数が365穴であることも、1年365日と符合しています。
古代の人たちは、大宇宙の法則をそのまま人体の中に見ていたのです。
「三十六門」とは何か
名前に「門」の字がつく経穴(ツボ)が、全部で36穴あります。
「門」とはエネルギーの出入り口のことです。病気が現れやすく、治療の要所にもなります。
膀胱経
- 風門(ふうもん):風邪の入り口。感冒・頭痛・肩背痛に。
- 魂門(こんもん):肝臓の門。肋膜炎・肝臓病・肋間神経痛に。
- 殷門(いんもん):坐骨神経の経路上。坐骨神経痛・腰痛・下肢の痛みに。
- 肓門(こうもん):胃痙攣・胃炎・十二指腸潰瘍・腹痛に。
- 金門(きんもん):癲癇(てんかん)・坐骨神経痛に。
脾経
- 箕門(きもん):排尿困難や残尿感や、鼠径部周辺の痛み。
- 衝門(しょうもん):水を治す名穴。腹水・股神経痛・下肢の血行障害に。
三焦経
- 液門(えきもん):薬指の麻痺・鍼によるショックの気付け・救急療法に。
督脈
- 瘂門(あもん):中風による言語障害・舌の麻痺に。
- 命門(めいもん):副腎に相当。激しい頭痛・急性腹痛・小児虚弱体質に。
腎経
- 幽門(ゆうもん):胃カタル・胃アトニー・心悸亢進・喘息・咳嗽に。
胃経
- 梁門(りょうもん):胃炎・胃潰瘍・胃痙攣・消化不良に。
- 関門(かんもん):胃炎・胃潰瘍・胃痙攣・消化不良に。
- 滑肉門(かつにくもん):風邪が内臓に入った際の特効穴。消化不良・腎臓炎・扁桃腺炎に。
肝経
- 章門(しょうもん):脾の募穴。腹膜炎の特効穴。肝臓病・脾腫・腹水に。
胆経
- 京門(けいもん):腎の募穴。腎臓炎・腎石症・坐骨神経痛に。全身の原気を補う。
心経
- 神門(しんもん):精神の出入り口。心臓病・神経衰弱・不眠・便秘に。
心包経
- 郄門(げきもん):心包経の郄穴。心悸亢進・狭心症・喀血に。
肺経
- 雲門(うんもん):天の気を取り入れる門。喘息・気管支炎・肺結核・心悸亢進に。
「三十七」の意味
「七陽三十七」という誤記が生まれたのには理由があります。
三十六門に、生命の中心である「神闕(しんけつ)」——つまり「へそ」——を加えると三十七になります。
神闕は「神の門」とも呼ばれます。沢田流では、へそを生命力の根本として極めて重視しています。
「三十六門+神闕」という理解が、「三十七」という数字を生んだのだと思います。
なぜ「石門」は含まれないのか
「門」のつくツボに、石門(せきもん)があります。
しかしこれは三十六門に含まれていません。
古来より「女子は禁じて刺すべからず。不妊になる」という禁忌がありました。
沢田健は、この説が必ずしも全例に当てはまるとは考えていませんでした。しかし若い女性が強く嫌がるという心理的影響を重視しました。
治療で常用するツボの集まりである三十六門からは外した、ということです。
石門のすぐ上にある「気海(きかい)」を沢田流では代わりに重視しています。気海は「原気の海」であり、全身の生命力を高める太極療法の核心的なツボです。
臨床での意味
鍼灸の臨床において、名前に「門」がつくツボは単なる記号ではありません。
その名の通り、気血(エネルギーや血液)が出入りする重要な関所・扉という意味を持っています。
私が沢田流のこの考え方で重要だと思うのは、ツボの「名前の意味」を大切にしている点です。
「風門は風邪の入り口であり出口でもある」。
「神門は神(精神)の入る所」。
穴名に込められた意味から治療のヒントを得る。これは東洋医学の本質的な姿勢だと思います。
経穴の名前は伊達ではありません。先人が長年の臨床で積み上げた、凝縮された知恵です。
45年間、鍼を打ち続けてきて、この穴名への敬意は増すばかりです。
まとめ
「七曜三十六門」を一言でまとめると、こうなります。
人体は小宇宙である。脊椎と七曜が対応し、三十六の「門」のツボが病の出入り口となる。それを整えることで、大宇宙の法則に従った根本治療ができる——沢田健はそう考えました。
西洋医学的なエビデンスとは異なる体系です。しかし45年の臨床を経て、こうした古典の世界観の中に、臨床で使える本物の知恵が確かにあると思っています。
鍼灸師の方で、まだ沢田流を学ばれていない方がいれば、一度手に取ってみることをお勧めします。

