村上宥快和尚さん【1918年(大正7年)10月8日〜1991年(平成3年)3月12日・享年72歳】のお話をまとめました。
三世の流転
人間の心は、万生万物につながっている自覚の上に立ち、植木、鉱物を大切にする、あるいは人間同志は仲良く生活をする、こうして過去、現在、未来を体験し、あの世に還り、再びこの世に出てくるのです。
これを三世の流転といいます。
過去、現在、未来という条件において、自分の魂を磨くのが神理なのです。
その観点に対して、自分の心を磨いた時には、多くの人びとの自覚を持った心により、仏国土という調和された世界の建設を目的として生きてきたことが自覚できるのです。
これは地球だけではないのです。地球の調和が取れたら、今度は他の天体において調和をする目的を持っているのです。
それが神の子の証(あかし)なのです。
神の子の証とは地球上だけではないのです。太陽系でも様々な所を調和という条件を押し進めていくのです。これを文化というのです。
文化の文という字は心と法ということです。これを押し広めていくのが地上界なのです。
全日本の人類だって、全部数えても一億二千万位でしかないのですから、大宇宙の意識からすれば、けし粒みたいなものなのです。
人間は、環境に応じた考え方があります。
例えば、胃袋の集団細胞が構成しております。その集団細胞の意識の一つが、「ずいぶん、胃袋の中っていうのは、広大無辺だなあ」なんて感じているかもしれません。
このように考えると、地上界の条件は、心という存在により感知していくのと、頭脳的な物理・科学という条件で感知していくのとでは、心で感知していった方が遙かに精度が高いのです。
この地球に人間が出てきて約三億年、その中で、過去世、現世、来世の三世は、生命流転の過程にして、この世とあの世を経回ってあらゆる体験をしていくのです。