私たちの仕事は未来も続きます。どの業界でも迷っている人が大変多く、少しでも後進の人たちへ参考になればと思います。
接骨院や整骨院
遠方の高齢の義母は、接骨院へ行き、治して欲しい場所を訴えても、電気をかけて全身マッサージをするだけで、痛い患部を診もしないし触らないし治してくれないと嘆いていました。信じられません。
何軒か行かれたそうですが、どこも似たり寄ったりでだそうです。だから接骨院や整骨院は何処へ行っても同じと言われます。
近所の人相手に、治療施術と称する慰安リラクゼーションで生きていくなら簡単です。
リラクゼーションも、世の中には無くてはならない仕事の一つですが、接骨院や整骨院がやる仕事ではありません。
電気をかけてマッサージをすれば一定の満足感を与えられます。しかし治りません。治るような雰囲気だけです。
ウォーターベッドなどは最たるもので、気持ち良いだけで、客寄せパンダになるとメーカーも言われます。
悲しいかな、今では接骨院や整骨院は保険のアンマ屋と言われています。通って貰えますから営業としては良しなんでしょう。現在は、そんな院が多いです。
「整体院」を名乗る接骨院や整骨院も増えて、国家資格を取ったのにあえて無資格の名称を名乗ることはおかしいです。
利用者からすると、整体院なら無資格(もぐり)か国家資格が全く区別ができません。
広告の問題も保険と保険外を明確に区別すれば生じないのですが、1番良い名称は「治療院」です。これは無資格者が使えませんので。
鍼灸院
鍼灸も上手な使い手が年々減っています。それは自分に刺して試さないからです。これに尽きます。
受験制度も資格取得を目標にするので、卒後の修行インターン制度が弱いのも一面としてあります。
鍼灸術自体が標準の方法が確立されていないので、術式が多彩すぎて学ぶ人も迷うのも無理もないです。
日本の鍼灸は、スタンダードなき百花練乱(ひゃっかりょうらん)である。
古典派・現代派の対峙のほかに、深刺・浅刺・接触鍼、手法・無手法、多数穴・少数穴、局所鍼・遠隔鍼など、さまざまな技法上の差異が存在する。
「中略」
理由の一つが、無数の流派、会派に分かれ、相互に矛盾する理論とわざを展開している鍼灸界の現状を、だれも総体として把握できていないことにある。
日本の鍼灸界を俯瞰するために必要な地図がどこにもないのである。
引用:鍼灸の挑戦/松田博公著、岩波新書
このような現状で効く鍼灸を身につけるのは至難の業と言っても良いでしょう。私も苦労しました。
鍼灸の利点でもあり欠点は、適当に刺してお灸しても効くことです。
よって、簡単で単価の良い美容に走る人もいます。美容と治療施術では術者の手が違う事が分からないからです。
美容は昔からキワモノと言われていますから気をつけて欲しいです。ユーザーはうつり気です。
美醜が改善する感動と、病苦が改善する感動ではどちらが良いのでしょうか。残念ですが両立はしないのです。
女優のオードリー・ヘップバーンは、晩年、シミだらけのシワシワの顔になられましたが、なぜ美容整形をしなかったと言われるのでしょうか?
私も試したらあれだけパリッと顔が変わるとやりたくなるのも無理は無いです。
結果が確実に出るからと言って、安易に美容に走って良いのでしょうか?
病治し
病に鍼灸は本当に良く効きますが、上手になるには慰安を捨てる信念や決意が必要になります。
それは決して肩こりや腰痛をやらないのではなく、症状の根本原因を治す事なのです。そこに術者の未来があります。
満足して貰えないと困るからついでにマッサージもしますねでは、いつまで経っても腕は上がりません。
肩こりも使いすぎで発生するのは殆ど無くて、実態は脳の副神経の反射異常です。
親や祖父母が肩がこると頻繁に口に出して言う家庭のお子さんに、肩こりが多いのは事実です。これは遺伝でも体質でもなく、子供が学習により肩こりが形成された結果です。
欧米人の奥さん(日本人)に聞くと、主人は肩がコルなんて一度も言ったことは無いと言われます。
この症状も禁煙と同じで、揉まない方が良いですよと言っても、どれを選択するのかは患者さん次第です。難しいのは事実でもマッサージ好きの患者さんには通じないのです。気持ち良いですからね。
マッサージはやってもらう内に、どんどん強揉みが好きになり、按摩喰いとなります。
肩こりや慢性疾患でも、再発しない、再発する回数が減る治療施術が可能なのが鍼灸なのですが、もったいないです。
病の根本は背骨
カイロプラクティックを深く学んだ私は、病の根本原因は脊柱にあると考えます。
私は経絡治療での成功体験が少なく、古典鍼灸を信用していません。古典を頭から信じてはダメと言われる先生もいます。
鍼灸古典の考えを、正確無比に証明したのが遠絡統合療法です。ようやく古典鍼灸の書いてあることが本当だと証明してくれました。
しかし、遠絡も重層した症状には的確な治療ではありませんでした。
間違いの元が当時の五行思想です。五行説を人体に当てはめるのは無理があります。本当は六行ですから、鍼灸治療自体が混迷した原因です。
それは無理もありません。当時の権力者(後漢時代)が漢方薬、漢方医学は残しましたが、鍼灸術、鍼灸医学を全て焚書したからです。
当時の戦争も酷く、10人に1人しか生き残らなかったと言われています。それでは技術の伝承はできません。
2024年、五行と六気の関連(これだと五行説は正解となる)を指摘される先生との縁が繫がったので勉強したいと思います。
やっぱり治したい
先達は自分自身を治療をして貰い、効いた体験のある治療法を会得され大成されています。私も、私の体を治してくれた治療法を学び会得しました。
施術者の皆さんは、患者さんは治らないしマッサージでは体が持たないから、35~40歳位から実践的な治療の勉強を始める人が100人中1人2人3人位は出てきます。
そこからが本当の治療家の人生なのです。
ほとんどの施術者は、治らない治せないとあきらめ、適当な術を施しています。私に「治すなんて考えてはダメですよ」と言う後輩も居て嘆くばかりです。
凄い効果のある治療機器の開発者と話す機会がありました。
実験に協力してもらった治療師が「治ると患者が来なくなるから治さないようにしている」と言われてショックを受けたそうです。「それではこれを開発した意味が無いんですよ」と、いたくご立腹でした。
当院でも、その器械を採用していますが、確かにあれほど効果があるとあっという間に直ぐ改善するので、患者さんの来院回数が激減するのは事実です。
患者さんを早く治す、患苦を早く取ってあげなければ、私たちの仕事の意味はあるのでしょうか?
緒方洪庵先生の扶氏医戒之略の第一条を読んで頂きたいです。
治療は何歳になっても技術の修練が続きます。治療理論と臨床が合致してキッチリ治せたときの感動は毎回新鮮で、この仕事の醍醐味でもあります。
向き不向きが
今まで資格者を指導して思うことは、たくさんある治療法も行う人の手が向き不向きもありますから、この治療が効きますと一概には言えません。自分に合う得意な治療法を早く見つけることが大切です。
指が硬く冷たい人は治療家には不向きですから、転職を強く勧めます。本当です。
治療に不向きな指の人は、技術指導を受けても同じ所作にならないし、患者さんが触られて受ける印象も全く違うし、当然、施術結果も違うからです。本人がなぜそうなるのかが分からないから余計に困るのです。
そんなダメダメな手でも治療家を目指すなら、指を柔らかく手を温かくする手段を必死で行うしか方法がありません。
無資格(もぐり)はお勧めしません
簡単に安直に考えて整体師などになっていはいけません。
経済産業省がリラクゼーションを認めたのは、リーマン・ショックで仕事が無くなり苦肉の策だったのです。
リラクゼーションは所詮リラクゼーションです。
ホームページやタウン誌でどれだけカッコイイこと書いても、一生、無資格の引け目を引きずることになります。その苦労は家族にも及びます。それは白衣を着てても中身はニセモノだからです。
整体師から鍼灸師になられた人が「無資格時代はいつバレるのかと何時もドキドキしていた、バレないように優しくしていました」と言われていました。
病を治すのを仕事にしたいのなら、是非、国家資格の柔道整復師、鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師の資格を取得して、堂々と施術をして頂きたいものです。
医師、歯科医師以外で、独立開業して人へ施術ができる職業は、柔道整復師、鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師のみです。
理学療法士、作業療法士は独立開業権がありませんから、開業すると無資格のくくりになり法律の歪みがここにもあります。
整体やリラクゼーションなどには国家資格が存在しないため、取り締まることができなく無法地帯です。
基礎的知識が足りない人でも施術ができることが問題となっていますが、やりたい放題で、ホームページなど耳に心地よいことばかり書いて有ります。
無資格の人を、2023年、景品表示法で処罰されていました。ようやく国や県も動いてくれました。
日本の栄光も過去のものに
総ての仕事に言えますが、2025年(令和7年)から後期高齢者の人々がドンドン亡くなられます。2040年(令和22年)には九州と四国の人口が無くなると言われていますので、日本の未来はどうなるのでしょうか。
人口が減るのは納税者が減りますから、自治体の全てのサービスの取捨選択が迫られるのです。少子化対策と言っても、実現しても結果が出るのは20年かかります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、2019年より世界に蔓延して、日本の人口縮小は10年以上早まったと言われています。
ニセモノは無くなっていくでしょうが、本物でさえ厳しい時代が待っています。
世の中が、より良い方向へ向かうことを祈るだけです。